ミャンマーの総選挙で、アウン・サン・スー・チー氏が率いる国民民主連盟が、
第一党として勝利する見込みが高くなってきました。現与党で、軍事政権の流れをくむ連邦団結発展党は、
大物議員まで敗れるという大苦戦に陥っています。思えば、5年前の選挙ではスーチー氏はまだ自宅軟禁中で、
ミャンマー政府は国際選挙監視団の受け入れさえ拒否しました。
今回は、EU、アメリカ、日本など30カ国にも及ぶ国が選挙の監視任務を行っています。

この勝利まで、本当に長かった、とつくづく思うのです。スー・チー氏お父親、
アウン・サン将軍はイギリスからミャンマーを独立させる為に戦った国の英雄であり、
また、独立を目の前にしながら若くして暗殺された悲劇の人でもあります。ミャンマー人の間では、
その娘であるスー・チー氏への人気が高く、それが長期にわたる軟禁、という措置の背景にあります。
スー・チー氏はデリー大学で、次いでオックスフォード大学で学び、オックスフォード大学の図書館研究院、
その後来日して歴史研究開始と、人生の前半は学問畑を歩んできた人です。その間にオックスフォードの後輩と結婚もしています。
母の看病でミャンマーに帰国した年に、軍事政権が八足します。

Aung san suchie

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そして、民主化運動が弾圧される中でスー・チー氏は国民民主連盟の結党に参加するのですが、
ここで1回目の自宅軟禁におかれてしまうのです。
政権による軟禁と解放の繰り返しは続きます。1990年の選挙では、
スー・チー氏が率いる国民民主連盟が大勝したにも関わらず、結局軍事政府は政権を譲らず、
国際的非難を浴びます。スー・チー氏がノーベル平和賞を受賞しながら、軟禁の為に式典に参加できなかったことは、
まだ記憶にあるのではないでしょうか。

スー・チー氏の夫が癌にかかっても、彼にミャンマーの入国許可は降りず、
スー・チー氏も再入国が危ぶまれるので国を出れない、結局夫婦は会うことができなかった、という悲しいエピソードもありました。
本当に、本当にここまで長い道のりだったと思います。
ミャンマーはこれから経済的にも発展に注目がおかれる国です。これから問題なく政権移譲がなされること、
民主国家ミャンマーがうまくかじ取りされてく事を心から祈ります。