ドイツの自由民主党党員で元外務大臣のギド・ヴェスターヴェレ氏が
2016年3月18日にケルンの大学病院で白血病のため亡くなった。
ドイツ各メディアはヴェスターヴェレ氏の突然の死を速報として現在伝えている。

ギド・ヴェスターヴェレ

外務大臣離職から約半年後の2014年の6月に白血病と診断されていたヴェスターヴェレ氏。
ヴェスターヴェレ氏は闘病中に自身の白血病に関する本を発表。
当時は、この病気を克服できる希望があった。しかし、2015年の暮れに容態が急変し、
病院に再び行かなければいけなくなっていた。それ以来公の場に姿を現すことはなかった。
ヴェスターヴェレ氏は54歳だった。

ギド・ヴェスターヴェレ氏のドイツ政界でのキャリア

ヴェスターヴェレ氏は1980年にドイツ自由民主党(FDP)に入党した。
2001年には39歳の若さで党首に選出され、同党の強みを教育、経済政策におき、
ドイツの2大政党であるドイツキリスト教民主同盟(CDU)やドイツ社会民主党(SPD)とは
違った方向性を打ち出した。

2009年のドイツ連邦議会選挙では、自由民主党史上最高の得票を獲得し、
ドイツキリスト教民主同盟(CDU)と協議の結果、第2次メルケル内閣が樹立された。
ヴェスターヴェレ氏は、副首相兼外務大臣として入閣し、ドイツ内閣を支えた。
しかし、2011年の州議会選挙では、支持率を下げたため、責任を取る形で党首を辞任した。
副首相は辞めたものの、外務大臣は続投した。

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ヴェスターヴェレ氏のこれまでの功績

ヴェスターヴェレ氏は同性愛者としても知られ、
元ベルリン市長のクラウス・ヴォーヴェライト氏に次いで、
同性愛者であることを告白したドイツの有力政治家の一人である。
ヴェスターヴェレ氏がドイツの同性愛者への権利や社会のムードを
変えるのに貢献したのは明らかである。

また、2009年にはドイツにあるアメリカの核兵器の全撤退を要求。
外務大臣として、2010年にはNATO(北大西洋条約機構)にこの協議をもたらした功績がある。
ドイツ最後のアメリカの核兵器を所有しているとされるのは、ラインラント=プファルツ州に
あるビューヒェル航空基地にあたる。

英語が堪能としても知られる同氏だが、2009年の総選挙後の記者会見で、
英国放送協会(BBC)の記者に英語で質問された際に、「イギリスで英語が話されるのが同様に
ドイツではドイツ語が話されることが当たり前です」と英語で返答することを拒否した場面は、
印象的であった。

以下当時の記者会見の映像

参照:
BZ
Wikipedia
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