ボルシア・ドルトムントのエースストライカーとして活躍し、2000年に引退するまで守備の要としてプレーした。
現役中には、1996-1997のシーズンでドルトムントとしてUEFAチャンピオンズリーグでの優勝やブンデスリーガでのリーグ優勝も果たしている。
さらには、バロンドールも獲得したことがある。

ザマーはドイツのメディアZeitに彼の当時の恐ろしい話を語っている。
1997年10月13日にベルリンの病院で膝の手術を受けなければいけなかった。
これは、1998年のフランスW杯への参加だけではなく、彼の命にも関わるものだった。

退院した数時間後、手術をした膝からとんでもない痛みを訴えたザマー。
細菌性炎症と判断された。彼の膝はひどく腫れ、熱もあった。医者も途方に暮れ、その炎症の原因を理解する事はできなかった。

ザマーは新たにドルトムントの病院へ運ばれた。
ドルトムントの選手としてその病気とそこで戦う事になった。
その劇的に悪化した菌はメチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)で知られているものだった。
ドイツだけで、その病気による死者は3万も出ている。

ドイツの厚生労働省は、MRSAは抗生物質を使っている病院で現れていると確認した。
ドイツの全ての病院での20%でMRSAの菌が複数の耐性を持っていると報告されている。
言い換えれば、多くの抗生物質には効果がないとも言えるのだ。

今日ほどMRSAについて知られていなかった当時にザマーはMRSAの菌に移ってしまったのだ。
「当時医者は私の妻と重い話し合いを持ちました」とザマーは言う。
後にザマーの奥さんが彼にそれについて話したようだ。
治療の可能性はかなり悲惨な状況で、良くなるかどうかは本当に少しの可能性しかなかったのだ。

MRSAが抗生物質に対して無効果でることから病気が他の症状も引き起こす可能性もあるのです。
ドイツの厚生労働省もザマーのところで起こった事をワーストケースシナリオとして考えていた。

最終的に医者は調合薬を用いた。最悪この最後の望みが崩れ、生存の可能性が急激に減る可能性もあった。
しかし、この抗生物質は効き、緊急手術を行い、マティアス・ザマーはこの苦しい戦いから救われたのだ。

1999年に彼は自身の世界でのキャリアを終えたものの、未だにこの病気に悩まされているのだ。
「私は未だにこの問題と戦っています。ジョギングはできませんし、子供たちと一緒にサッカーもすることができないのです」

しかしながら、その当時の経験は彼の人生への見方を変えたのだ。
「家族とサッカーとの日常は私の人生のコンパスです。本当に幸せで感謝しています。」

「私を救ったのがその最後に使用した抗生物質でした。自分の人生のストーリで新聞の見出しに載りたくはないのです」とZeitに言う。
このことから長い間この劇的なサバイバルの話を公ではしてこなかったのだ。

Zeit紙が参加する「致死的な病原菌」のリサーチの枠で、彼はこの危険性に注意を持ってもらいたいと思っているようだ。
「気づいてもらいたいのです。もしかしたらこれで他のこの病気に苦しんでいる人を助けられるかもしれません。」

マティアス・ザマー

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マティアス・ザマーのこのストーリーへの海外反応

ザマーがまさかこの病気に苦しんでいたのは知らなかったな。

まさかこんな恐ろしい病気があるなんて。

今世界はエボラの翻弄されているけど、先進国でもこういった病気があるからどこにいても安全というのはないんだな。

 

参照:

eurosport